ヌーソロジーとグノーシス思想

 さて、ここで重要となるのは「物質の本質を知ること」だということですが、これは、突き詰めると、「自分の見ている世界とは何か?」「自分とは何か?」という問題になり、「自己とは何か?」という問題に繋がっていたりします。
 ヌーソロジーと親和性の高い考え方に、「グノーシス(gnosis)」と呼ばれる、古代から伝わる思想があります。

 「グノーシス」とは、「認識」(あるいは「知識」)という意味になりますが、それは主に、古代において「神の知性」とも呼ばれていた「叡智」の認識にあたります。この「叡智」とは、知識として頭で理解するようなものではなく、自身の精神の中で何か直接的に体験することによって知るものである…という考え方が古代にはありました。
 また、グノーシスの考え方では、人間の「自己」の中には、この「叡智」に通じている「神性」というのがあり、それを認識することも重要視されます。従って、「グノーシス」は自己の本質を認識することにも結びついています。

 紀元前からある古代思想として、この「グノーシス」を追求する立場というのがありました。それから、その他に「神秘思想」や「秘教哲学」にカテゴライズされるものがありました。これが、古代エジプトのヘルメス学であったり、古代ペルシャの宇宙哲学であったり、ギリシャのオルフェウス教であったり、カルデアの占星学であったりしました。これらの正確な起源を遡るのは、考古学的に少し難しい所ですが、ヘレニズム時代と呼ばれる頃(紀元前約334〜西暦30年頃)にそれらの思想が合流してまとまった動きがあり、古代の「秘教」や「魔術」、「オカルティズム」の思想において、それらに追従する一派というのがありました。
 紀元前からあるそうした動きが、原始キリスト教の一派として流れてきて、これが「グノーシス主義」と呼ばれ、後に、「キリスト教グノーシス主義」として定着するようになります。
 グノーシス主義には、狭義の意味と広義の意味とがありますが、狭義の意味としては、キリスト教の一派として存在する「キリスト教グノーシス主義」であり、広義の意味としては、それ以前からある、普遍的な「グノーシス」を追求する立場となります。ここではこれを「グノーシス思想」と呼ぶことにします。

 そもそも、ヌーソロジーは「蘇ったグノーシス思想」であるとも言われています。
 それは、世界の、自分の、物質の、空間の、神の、あらゆるものの本質の認識(グノーシス)を目指すからです。
 それは、古代ギリシャの哲学者プラトンの述べた、「イデア」の追求にもなります。

 ヌーソロジーでは、『次元観察子』と呼ばれる、それらを解明する為の、およそ13の鍵の追求をしながら、それを行っていきます。