半田広宣氏の心境

 一回目のセッションが終わり、コウセンさんはぐったりと眠り、そして目が覚めたそうです。
 チャネリングを実際に体験した異様な感覚を、まだなんども思い返してみたりして、それから、午後に街に出て、自分自身に起こった出来事と比較しようと、チャネリングに関する出版物を集めようとしたらしいです。
 そして、自身が受けたチャネリングと、他人のチャネリング、こうも違うのかと思ったそうな。

 そもそも、コウセンさんの生まれは、父親が仏教の日蓮宗系の、ある宗教団体の熱心な信者だという、筋金入りの宗教家生まれの人でした。
 そうした中で、仏教の「慈悲の哲学」の崇高さについてよく聞かされ、それでいてその癖に、キリスト教の「愛の哲学」はいかに馬鹿げているかといったような、キリスト教や他宗派の仏教の教えに対しては実に批判的だという態度の言葉を嫌という程聞かされて育ったとかなんとか。何だかそんな様子です。
 そして、コウセンさん自身はそれに対しては、どちらかというと反骨精神を持っていたようであり、洋楽・ロック好きだったり、数学・物理学好きだったりなどの背景を持っているようです。従って、自身がチャネリングを受けることについては大変、半信半疑だった模様です。

 何はともあれ、コウセンさんが言うには、ここから、「オコツトの声が聞こえなくなった」というのは、およそ1995年頃であり、その1989年〜1995年の約6年の間、オコツトとの対話をし続けて、その内容を記録していきました。
 オコツトが去った後も、その記録したことを元に、その情報を今日まで解読を続けています。
 そうして、オコツトの情報と自身の哲学とを織り交ぜていき、初めは未熟な所がありながらもどんどんと出来上がっていってるのが、『ヌーソロジー』という思想体系・宇宙論であるというわけです。